◆意識 と 存在のややこしい関係
○「人類の自己認識」とは、
たちいると、トートロジーであるかのように
みえる。
事柄は次のごとし。
みずからが、
みずからによって、
みずからを認識する。
{さらに、みずからに(も)働きかける。(みずからをも対象化する)}
しかし、
▲自然は、
意識と言う現実の機能を、
人間において生成したことによって
存在として再帰的なのであって、
再帰的ではない実在を、
再帰的論理によって説明するという
トートロジーではない。
※ 自然は一般には自らを支配しないが
人類に限れば、自ら(の意識)を支配さえする。
人類の再帰性は、自然のうちで独特だ。
自然一般 と 人類という自然。
人類とは特殊な自然だが、自然に相違ない。
自然一般は人類という特殊な自然においてのみ再帰的。
→L020 自然を支配する
→L021 人類は自然のチャンピオン と 観念論
→L017 人類に可能なこと 人類の若さ
→T042 二つの系列の法則
※注意しよう。
・ここでは「実在」という「言葉」を用いたくはないが・・。
特殊Hegel的意味合いとは少々ことなる、
まぁ、「厳然として存在する」という・・
・「再帰的」とはqに特有の用法。 ?
再帰 とは 循環ではない
○「人類の自己認識」とは、
たちいると、トートロジーであるかのように
みえる。
事柄は次のごとし。
みずからが、
みずからによって、
みずからを認識する。
{さらに、みずからに(も)働きかける。(みずからをも対象化する)}
しかし、
▲自然は、
意識と言う現実の機能を、
人間において生成したことによって
存在として再帰的なのであって、
再帰的ではない実在を、
再帰的論理によって説明するという
トートロジーではない。
※ 自然は一般には自らを支配しないが
人類に限れば、自ら(の意識)を支配さえする。
人類の再帰性は、自然のうちで独特だ。
自然一般 と 人類という自然。
人類とは特殊な自然だが、自然に相違ない。
自然一般は人類という特殊な自然においてのみ再帰的。
→L020 自然を支配する
→L021 人類は自然のチャンピオン と 観念論
→L017 人類に可能なこと 人類の若さ
→T042 二つの系列の法則
※注意しよう。
・ここでは「実在」という「言葉」を用いたくはないが・・。
特殊Hegel的意味合いとは少々ことなる、
まぁ、「厳然として存在する」という・・
・「再帰的」とはqに特有の用法。 ?
再帰 とは 循環ではない
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