--- 紳士のスポーツと五輪 ---
えせ紳士 と えせスポーツマンの高慢な訓戒が
良識ある市民をスポーツから遠ざける。
慇懃無礼なセレブ用語もあいまって。
(100年以上も前に 猫=吾輩は述べる)
-----------------------
「吾輩は猫である」
夏目漱石
1905年~1906年
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・・・
どうも二十世紀の今日(こんにち)運動せんのはいかにも貧民のようで人聞きがわるい。
運動をせんと、
運動せんのではない。
運動が出来んのである、運動をする時間がないのである、余裕がないのだ
と鑑定される。
昔は運動したものが折助(おりすけ)と笑われたごとく、
今では運動をせぬ者が下等と見做(みな)されている。
吾人の評価は時と場合に応じ吾輩の眼玉のごとく変化する。
吾輩の眼玉はただ小さくなったり大きくなったりするばかりだが、
人間の品隲(ひんしつ)とくると真逆(まっさ)かさまにひっくり返る。
ひっくり返っても差(さ)し支(つか)えはない。
物には両面がある、両端(りょうたん)がある。
両端を叩(たた)いて黒白(こくびゃく)の変化を同一物の上に起こすところが
人間の融通のきくところである。
方寸を逆(さ)かさまにして見ると寸方となるところに愛嬌(あいきょう)がある。
天(あま)の橋立(はしだて)を股倉(またぐら)から覗(のぞ)いて見るとまた格別な趣(おもむき)が出る。
セクスピヤも千古万古セクスピヤではつまらない。
偶(たま)には股倉からハムレットを見て、
君こりゃ駄目だよくらいに云う者がないと、文界も進歩しないだろう。
だから運動をわるく云った連中が急に運動がしたくなって、
女までがラケットを持って往来をあるき廻ったって
一向(いっこう)不思議はない。
ただ猫が運動するのを利(き)いた風だなどと笑いさえしなければよい。
------この節の冒頭
吾輩は近頃運動を始めた。
猫の癖に運動なんて利(き)いた風だと一概に冷罵(れいば)し去る手合(てあい)に
ちょっと申し聞けるが、
そう云(い)う人間だってつい近年までは運動の何者たるを解せずに、
食って寝るのを天職のように心得ていたではないか。
無事是貴人(ぶじこれきにん)とか称(とな)えて、
懐手(ふところで)をして座布団(ざぶとん)から腐れかかった尻を離さざるをもって旦那の名誉と脂下(やにさが)って暮したのは覚えているはずだ。
運動をしろの、
牛乳を飲めの冷水を浴びろの、
海の中へ飛び込めの、
夏になったら山の中へ籠(こも)って当分霞を食(くら)えの
とくだらぬ注文を連発するようになったのは、
西洋から神国へ伝染しした輓近(ばんきん)の病気で、
やはりペスト、肺病、神経衰弱の一族と心得ていいくらいだ。
→T029 「大和魂」 苦沙弥先生,手製の名文
※http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/789_14547.html
えせ紳士 と えせスポーツマンの高慢な訓戒が
良識ある市民をスポーツから遠ざける。
慇懃無礼なセレブ用語もあいまって。
(100年以上も前に 猫=吾輩は述べる)
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「吾輩は猫である」
夏目漱石
1905年~1906年
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・・・
どうも二十世紀の今日(こんにち)運動せんのはいかにも貧民のようで人聞きがわるい。
運動をせんと、
運動せんのではない。
運動が出来んのである、運動をする時間がないのである、余裕がないのだ
と鑑定される。
昔は運動したものが折助(おりすけ)と笑われたごとく、
今では運動をせぬ者が下等と見做(みな)されている。
吾人の評価は時と場合に応じ吾輩の眼玉のごとく変化する。
吾輩の眼玉はただ小さくなったり大きくなったりするばかりだが、
人間の品隲(ひんしつ)とくると真逆(まっさ)かさまにひっくり返る。
ひっくり返っても差(さ)し支(つか)えはない。
物には両面がある、両端(りょうたん)がある。
両端を叩(たた)いて黒白(こくびゃく)の変化を同一物の上に起こすところが
人間の融通のきくところである。
方寸を逆(さ)かさまにして見ると寸方となるところに愛嬌(あいきょう)がある。
天(あま)の橋立(はしだて)を股倉(またぐら)から覗(のぞ)いて見るとまた格別な趣(おもむき)が出る。
セクスピヤも千古万古セクスピヤではつまらない。
偶(たま)には股倉からハムレットを見て、
君こりゃ駄目だよくらいに云う者がないと、文界も進歩しないだろう。
だから運動をわるく云った連中が急に運動がしたくなって、
女までがラケットを持って往来をあるき廻ったって
一向(いっこう)不思議はない。
ただ猫が運動するのを利(き)いた風だなどと笑いさえしなければよい。
------この節の冒頭
吾輩は近頃運動を始めた。
猫の癖に運動なんて利(き)いた風だと一概に冷罵(れいば)し去る手合(てあい)に
ちょっと申し聞けるが、
そう云(い)う人間だってつい近年までは運動の何者たるを解せずに、
食って寝るのを天職のように心得ていたではないか。
無事是貴人(ぶじこれきにん)とか称(とな)えて、
懐手(ふところで)をして座布団(ざぶとん)から腐れかかった尻を離さざるをもって旦那の名誉と脂下(やにさが)って暮したのは覚えているはずだ。
運動をしろの、
牛乳を飲めの冷水を浴びろの、
海の中へ飛び込めの、
夏になったら山の中へ籠(こも)って当分霞を食(くら)えの
とくだらぬ注文を連発するようになったのは、
西洋から神国へ伝染しした輓近(ばんきん)の病気で、
やはりペスト、肺病、神経衰弱の一族と心得ていいくらいだ。
→T029 「大和魂」 苦沙弥先生,手製の名文
※http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/789_14547.html
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