抽象とは具体をそぎおとすことだ。捨象の結果。
分析じゃない。
抽象の結果、残されたものが、
そぎおとされた具体と対立することがある。
●抽象の背理
残された具体と、そぎ落とされた具体の対立
とりわけ、
対立物の片側をそぎおとしてしまうと、(=極端な抽象)
主要な対立物の片側だけがいきのこる。 こうして、
現実へと(事実へと)立ち戻ると、「背理」に直面する。
「極端な抽象は背理となる。」
△共通性をもつ具体の連なりから、共通性を抽出する。
このとき、抽象という作業は有効だ。
事柄の範疇をつかむ上で。
しかし、
一旦、この範疇にあるとされるもののうち、
この抽象を、否定する事実があらわれる。(しばしば)
その事実の前には、抽象の結果が、
変更されなければならない。
◇ 抽象とは、純粋に思考の領分である。 !RFC!
事実の領域にあるのではない。
▲ したがって、
抽象を絶対化して抽象の結果から、
事実をとらえようとすると、
明らかな背理があらわれることがある。
いつでも、事実とともにいよう!
▲ 抽象と事実が相いれない時は、
誤りは抽象の側にある。(事実の側ではなく)
カモノハシは、卵生だが「哺乳類」である。
ワニには気嚢(に近い構造)がある。(鳥類でよいか?恐竜?)
△独立した事柄の抽象にはさらなる危険が。恣意。
◆ ことがらを、他との連関なしに単独に抽象する。
ほとんど、恣意から逃れられない。
好き勝手な捨象。
こんなことは、実際にはおこりにくい。
抽象は、捨象と比較をともなう。(普通は)
比較がなければ、捨象も困難。
恣意(へ理屈)を意図する特殊な人士は別だが。
◆ともあれ、たったひとつの事実が「抽象の背理」をうちくだく。
単独でも、連関の中でも。
→L016 弁証法(的関係) 弁証法も若い
※
※「単一民族国家」という抽象(「日本」の抽象の仕方の一つ)
(実際には「他の国家」と比べると。が前提だが。)
複数の民族という事実の前に、
この抽象は簡単に否定される。
未解明の古代史、先史も否定者であるだろう。
※※「特殊な」人士によって、「日本」が
単独で抽象されると上の結論が得られる。
アイヌを構成者としない。という思い込み。
(ひとりよがり)という特殊性。
しかし、「日本」の抽象(中傷)ではある。
分析じゃない。
抽象の結果、残されたものが、
そぎおとされた具体と対立することがある。
●抽象の背理
残された具体と、そぎ落とされた具体の対立
とりわけ、
対立物の片側をそぎおとしてしまうと、(=極端な抽象)
主要な対立物の片側だけがいきのこる。 こうして、
現実へと(事実へと)立ち戻ると、「背理」に直面する。
「極端な抽象は背理となる。」
△共通性をもつ具体の連なりから、共通性を抽出する。
このとき、抽象という作業は有効だ。
事柄の範疇をつかむ上で。
しかし、
一旦、この範疇にあるとされるもののうち、
この抽象を、否定する事実があらわれる。(しばしば)
その事実の前には、抽象の結果が、
変更されなければならない。
◇ 抽象とは、純粋に思考の領分である。 !RFC!
事実の領域にあるのではない。
▲ したがって、
抽象を絶対化して抽象の結果から、
事実をとらえようとすると、
明らかな背理があらわれることがある。
いつでも、事実とともにいよう!
▲ 抽象と事実が相いれない時は、
誤りは抽象の側にある。(事実の側ではなく)
カモノハシは、卵生だが「哺乳類」である。
ワニには気嚢(に近い構造)がある。(鳥類でよいか?恐竜?)
△独立した事柄の抽象にはさらなる危険が。恣意。
◆ ことがらを、他との連関なしに単独に抽象する。
ほとんど、恣意から逃れられない。
好き勝手な捨象。
こんなことは、実際にはおこりにくい。
抽象は、捨象と比較をともなう。(普通は)
比較がなければ、捨象も困難。
恣意(へ理屈)を意図する特殊な人士は別だが。
◆ともあれ、たったひとつの事実が「抽象の背理」をうちくだく。
単独でも、連関の中でも。
→L016 弁証法(的関係) 弁証法も若い
※
※「単一民族国家」という抽象(「日本」の抽象の仕方の一つ)
(実際には「他の国家」と比べると。が前提だが。)
複数の民族という事実の前に、
この抽象は簡単に否定される。
未解明の古代史、先史も否定者であるだろう。
※※「特殊な」人士によって、「日本」が
単独で抽象されると上の結論が得られる。
アイヌを構成者としない。という思い込み。
(ひとりよがり)という特殊性。
しかし、「日本」の抽象(中傷)ではある。
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