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12月, 2008の投稿を表示しています

T025 Bourgeois と Kapitalisten と Kapitalistenklasse

<<未>> Bourgeois Lage der arbeitenden Klasse in England - Resultate   多用  Kapitalisten x2 Kapitalistenklasse K2 Sie umschließt ebensowohl die Reproduktion (d.h. Erhaltung) der {{{Kapitalistenklasse}}} und der Arbeiterklasse, daher auch die Reproduktion des kapitalistischen Charakters des gesamten Produktionsprozesses. einzelnen Kapitalisten K2 Nachdem sich die Durchschnittspreise und ihnen entsprechende Marktpreise für eine Zeitlang befestigt haben, tritt es in das Bewußtsein der {{{einzelnen Kapitalisten}}}, daß in dieser Ausgleichung bestimmte Unterschiede ausgeglichen werden, so daß sie dieselben gleich in ihrer wechselseitigen Berechnung einschließen. KdanRenの意思は、Classの意思と完全に同一? (社会の意思とKdanRen) この記事を別の窓で開く

C003 経済政策家が、市井にあらわれる

この数週間。 巷で経済政策が提起されはじめる・・ 現状を見るに見かねた切実な感性が、現実的創造をになう。 どこかで聞いたことのあることがらも・・   でも、これまでとは、ちょっとちがう。   どこかで聞いて提起されたのではなくて、新たに独自に創造されたところが・・           →→ディーツゲン これから、ますますあらわれる気配。 市井で、誠実に考え抜かれた提案は、具体的で、力強い 収斂にたどりつく 百年に一度の市民の知恵の集積、集約 ○ 広大な放置された農地    若い人たちが、これを生かす行動に出ないものか?    自給率の改善に役立つし・・ ○ 世界中の軍事費を、生産的な分野にむけられないか?    これまでの、既成観念から脱して、このさい踏み出すべきだろう。 ○ CO2の削減。軍事演習 一発の砲弾のCO2・・ ○ 内部留保 ○ 自治体の緊急直接雇用 公務員バッシングとは、様変わり    年末・年始 無休の融資受付も   「悪いのは現場の役人だ」という高官・政治家による 「責任回避のへ理屈」もふっとぶ。 ○ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

E026 内部留保という「謎」 ??

配当でもない 再生産に投入されるでもない 必要な引き当てでもない   だれのものでもない せいぜい株価維持   特に資金調達の必要がない資本にとっては? BrGにとってもなぞ?  かざりもの?  ここでだけ、長期展望?  Needsではなく、需要(購買力)の源泉は破壊するのにひきかえ・・・ 各国のBrGは? 社会全体から見れば、社会的ファンドにみえるんだが・・・ 蓄積→再生産 といかないのは・・・ 「内部留保を取り崩してまで(期間従業員の雇用を維持することはない)」 という経営判断 →→Überproduktion K3、K2 というより「資本の過剰」

P024 Gran Jota 難曲

動画を見る ---「戻るとき」は別窓を閉じる Jota --ホタ Gran Jota --「じんましんが・・・  でも・・」 そういえば。なるほど~ うん    技巧的ホタ ホタ的ホタ Francisco Tarrega: Jota, played by Michael Erni - guitar Li Jie Gran Jota de concierto Liona boyd Concert au théâtre de Sétif Gran jota Francisco Tarrega Michael Goldort plays Gran Jota Aragonesa by F.Tarrega Aldo Lagrutta - Gran Jota Aragonesa (F. Tarrega)  !!! ホタ --Traditional? Jota de la Olivera Cuando vuelvas de la siega, jota aragonesa. Victor Miranda Camila Gracia, canta "Pulida Magallonera" jota aragonesa Gran Jota de la Dolores - Fiestas del Pilar 2008 Gran Jota Tortosina (アラゴンの) ESTAMPA BATURRA EXPO 2008 GRAN JOTA A ARAGON

E025 フランク・キャプラのドジな「天使」

キャプラの「天使」は  ・経営指南などしない できない  ・「ドジ」でとおっていた  ・それでも「天使」は「天使」 『堕天使』じゃない     天使の役割をはたした  ・この天使は、結局、「経営の原動力とはなにか」を明るみに出した。    経営を支えるものは、金融大資本ではもちろんなかった    生命保険という貨幣資本でもない。(生命保険額の資本への転態)    先代から続く実体経済の蓄積が、破綻をのりこえる劇的な力だった   この金融機関(の意義、価値)は、借手の中に「対象化」されていた。    借手の集団は、天使の指南なしに、この経済的契機をささえた。         (→→価値の蓄積=資本=過去の労働の蓄積 の形                       「社会的ファンド」の形)  ・この天使は「経営の能力」などもたないが、    「誰が能力者なのか」を、しめした。      直接にではない。一人の経営者の「人生」を通じて。 エンディングは、なにものにもまして、うれしく、喜ばしい 彼岸の出来事ではない。    作中の借手や事業者と同じように、「市井の観客が能力者である」ことをこの作品がしめしているからだ。  マッカーシーがハリウッドを極度におそれた理由がわかる キャプラは、   「こうありたいものだ」というだけじゃない。    「こうなのだ」といいたいようにみえる。     (アメリカ人 [にも/には] こんな映画が撮れる。) → P022 クリスマスには「素晴らしき哉、人生!」 資本をみまもる天使はだれ? ( ※※ Engels - s = Engel 英訳 angel ←乞う、無視)

P022 クリスマスには「素晴らしき哉、人生!」 資本をみまもる天使はだれ?

X'masには    "It's A Wonderful Life" 1946 アメリカ フランク・キャプラ  ジェームズ・ステュアート 大銀行にも翻弄しつくされない --小さな町の小規模「住専」   サブプライム騒動 とは 対極 ・・   資本制をみまもる、本物の「天使」は・・? → E025 フランク・キャプラのドジな「天使」 (→) E022 享楽が目的じゃない 生産の目的 第二幕も待っているし 注意!! !エンディング!

O002 KⅢの達成 その先

◇KⅢは達成されたか? は、独自の課題 ◆達成の意義のひとつ 「経済学批判」 内容の完成 (「批判」の踏襲)    この延長には、「学史」。EではなくKが。    Eにとって「学史」の意義は・・・     ※MuEにとって、KⅢそれ自体の意義。(執筆当時と当初のPlanとで) ▽Mと共有した「さらなる課題」は?   Eに聞こう。→→ ※エルフルト

O001 M&Eの歴史 と Hegel

▽青年M&E   Hegelの痕跡    同時に   Hegelのaufheben 強い意志、模索 ■この構造は晩年まで   KⅠ、Ⅱ ⇔ KⅢ   KⅠ ⇔ KⅡ、Ⅲ     (上の発展 その意義はほかにもいくつかある →→ )   KⅠ、Ⅱの達成がなければ KⅢもない。     (実はもっと先も) ◆ 「理念から始まった社会主義」          ⇒ 「科学的検討としての社会主義社会」     という新しい段階  空想→科学 達成の新しい段階   (Hegelの呪縛からの解放 この視点からも新しい段階) ※ ◆資本主義の成熟がなければ未来社会はない。   ◆しかしこの成熟を担いうるものは、BrGではなく、Prtだ。          というところまで? → E024 資本主義を担う主体 資本主義社会の担い手は資本家じゃない

E024 資本主義を担う主体 資本主義社会の担い手は資本家じゃない

◇まづ、「代理人は主体たりえない。」 ▽理性--BrGは立脚し得ない。    --PrTは(BrGでないものは)立脚しうる。 ■具体的には  必然性に、ただ棹さす代理人は、ただ「ながされる」。  PrTは必然性を必然性として洞察しうる立場にはある。 ■端的には、   資本制生産を、維持し発展させる担い手は    代理人ではありえない。    資本家は資本制を担いえない!   ●「流されない」立場にあるもの以外に資本制の積極的な担い手はいない。 ◇◇いま目の前に繰り広げられている"混迷"は、この 事実 を示唆するどころか、ほとんど証明しているように見える。◇◇    もしもソフトランディングに成功するとしても。混迷の事実そのものが。     ※※(別件) 真理とは、かくも具体的なものだ。        →→「真理」とは人類の認識の機能的結果である。           (帰納ばかりでなく)            認識を介さない「真理」などない。        →→Feuerbach論 「同一性」 正確な議論→→ ※△洞察の未来的結果の核心は、「労働日」というごく具体的なことがらだろう。 ※※棹さす 漱石 : 情に棹さす 流れに棹さす → O001 M&Eの歴史 と Hegel → T024 資本の求心力 → E023 資本の求心力 → P022 クリスマスには「素晴らしき哉、人生!」 資本をみまもる天使はだれ? → E025 フランク・キャプラのドジな「天使」 → E027 うろたえるのは誰?

P021 Chopin Nocturno

" href="#" onclick="Javascript:showModalDialog('http://nocturno-qmancha.blogspot.com/2008/12/p016chopin-nocturno.html',window,'dialogWidth:500px;dialogHeight:800px');return false;">動画を見る ---「戻るとき」は別窓を閉じる Op.9 No.2 タレガのサラサーテのショパン --? サラサーテのショパン Arthur Rubinstein Yundi Li plays Chopin Nocturne Op. 9 No. 2 Piano 別の・・    opus 27 #2 Roland Dyens plays Chopin

T024 資本の求心力→崩壊の必然←崩壊を防ぐ力がある

資本家の労働は一般に彼の資本の大きさに、すなわち彼が資本家である程度に、反比例する。このような一方の労働条件と他方の生産者との分離こそは、資本の概念を形成するものであって、それは本源的蓄積(第一部第二四章)とともに始まり、次いで資本の蓄積と集積とにおいて恒常的な過程として現われ、そしてここで最後に少数の手中への既存の諸資本の集中と多数の人々からの資本の取上げ(今では収奪はこのように姿を変える)として現われるのである。{ このような過程は、もしも{{{求心力}}}と並んで{{{対抗的な諸傾向}}}が絶えず繰り返し{{集中排除的に}}作用しないならば、やがて資本主義的生産を崩壊させてしまうであろう。 } Es ist diese Scheidung zwischen Arbeitsbedingungen hier und Produzenten dort, die den Begriff des Kapitals bildet, die mit der ursprünglichen Akkumulation (Buch I. Kap. XXIV) sich eröffnet, dann als beständiger Prozeß in der Akkumulation und Konzentration des Kapitals erscheint und hier endlich sich als Zentralisation schon vorhandner Kapitale in wenigen Händen und Entkapitalisierung (dahin verändert sich nun die Expropriation) vieler ausdrückt. { Dieser Prozeß würde bald die kapitalistische Produktion zum Zusammenbruch bringen, wenn nicht {{{{widerstrebende Tendenzen}}}} beständig wieder {{dezentralisierend}} neben {{{der zentripetalen Kraft}}} wirkten .}   zentralisieren 中央集権化する  de+  ...

E023 資本の求心力

"{ 対抗的な諸傾向 }が絶えず繰り返し集中排除的に作用{ しないならば } やがて資本主義的生産を崩壊させてしまうであろう。" ▲対抗的な諸傾向   作用しないならば、--- 資本主義的生産を崩壊   作用するならば  --- 崩壊させない? →T024 資本の求心力 →E024 資本主義を担う主体 資本主義社会の担い手は資本家じゃない

T023 「過程の第一幕から第二幕へ」 と 「生産の目的は享楽ではない」 

 必要な生産手段すなわち十分な資本蓄積を前提すれば、剰余価値の創造には、剰余価値率すなわち労働の搾取度が与えられていれば労働者人口のほかにはなんの制限もなく、また労働者人口が与えられていれば労働の搾取度のほかにはなんの制限もない。そして、資本主義的生産過程は本質的に剰余価値の生産であり、この剰余価値は、剰余生産物に、すなわち生産された商品のうち不払労働が対象化されている可除部分に、表わされている。けっして忘れてはならないのは、この剰余価値の生産---そして剰余価値の一部分の資本への再転化すなわち蓄積はこの剰余価値生産の不可欠な一部分をなしている---が資本主義的生産の{{ 直接目的 }}でもあれば{{ 規定的動機でもある }}ということである。それだから、この{ 資本主義的生産を、そうではないものとして、すなわち享楽を直接目的とする生産とか資本家のための享楽手段の生産とかいうものとして描いてはならない }( → )のである。そんなことをすれば、それは、資本主義的生産の内的な核心的な全姿態のなかに現われるその独自な性格をまったく無視することになるのである。  この剰余価値の獲得は直接的生産過程をなしていて、この過程には、すでに述べたように、前述のような制限のほかにはなんの制限もない。搾り出せるだけの剰余労働量が商品に対象化されれば、それで剰余価値は生産されている。しかし、{ この剰余価値生産では、ただ資本主義的生産過程の第一幕、直接的生産過程がすんだだけ }である。資本はこれこれの量の不払労働を吸収した。利潤率の低下に表わされる過程の発展につれて、このようにして生産される剰余価値の量は巨大なものにふくれあがる。ここで、{ 過程の第二幕 }が始まる。 第三部第3篇第15章 → E014 代理人の意志 と 社会による顧慮の強制(意思の善悪 K1でも) Die Schöpfung von Mehrwert findet, die nötigen Produktionsmittel, d.h. hinreichende Akkumulation von Kapital vorausgesetzt, keine andre Schranke als die Arbeiterbevölkerung, wenn die Rate des Mehrwerts, also der Ex...

E022 享楽が目的じゃない 生産の目的 第二幕も待っているし

▼生産の目的を「享楽」として描くことは、    生産の核心的な性格をおおいかくすことである。 ●生産の目的は、剰余価値の創造である。(まずは。第一幕)    ここには、必然的な制限はない。創造そのものはまずはおこなわれる。     量的制限があるのだが・・      労働力人口が決まっていれば、「搾取度」      搾取度が決まれば労働力人口 しかし、 ■剰余価値は実現されなければならぬ。    生死を問う苛烈な競争が待っている。第二幕が待っている。    (結果はどうあれ、すでに搾取は完了している。のだが。) → T023 「過程の第一幕から第二幕へ」 と 「生産の目的は享楽ではない」 

C002 ノーベル賞解説

2008年ノーベル賞受賞に関するコメント        あなどるべからざる解説  ある大学のOB同期会 会報の一節    ↓ クリック 「ノーベル賞日本人の快挙に思う」 う~ん。そこがすごいのか! 別の窓で全文を見る ---「戻るとき」は別窓を閉じる

PC002 自由なファイリング PC上のtools

■「往年の"FD"」のイメージ    コンテキスト さよ~なら    簡便    結果が明晰    K/Bにはこだわらない(いまのところ) ▼ファイラー   を基本    ▽Scan  ▽ファイル比較(コンペア)  ▽TextEditor  ▽OCR (各国語、楽譜 etc.)  ▽Viewer   ・   ・   ・

E021 システムの契機としての主体

Memo  !RFC □賃金水準の決定 システムの一契機としてのPrT   =必然性(法則)の一契機としてのPrT  が 果たす役割   現代システムの運動においても、 意思の (理性の) 主体 として役割をはたしつづける。   未来のフロンティアとしてだけではなく BrGにこのような性格があるか?   そういう役割をはたす局面があるか?   このシステムの契機たりうるか?   (主導的主体的契機たりうるか。     「システムから付与された機能」を持つ要素ではあるが。) -> E019 Classの理性 自己の対象化 -> E015 代理人の解放

E020 源蓄 松方財政

デフレ 農村の疲弊 古いマニュファクチュア と   この時期の「不在地主、寄生地主→蓄積」   ⇔ユンカー オットー・フォン・ビスマルク   ⇔イギリスの貴族 民営化 三井、三菱 女工 -- 源蓄 かに -- ? 戦後 農地解放

P020 Manuel Barrueco

" href="#" onclick="Javascript:showModalDialog('http://nocturno-qmancha.blogspot.com/2008/12/p020-manuel-barrueco.html',window,'dialogWidth:500px;dialogHeight:800px');return false;">動画を見る ---「戻るとき」は別窓を閉じる Manuel Barrueco Asturias (Isaac Albeniz) --インタフェース三様

E019 Classの理性 自己の対象化

■存在の対象化  △BrG    ・存在をただ前提する KDanRen    ・直面する要求では、簡単に共同する 「代理人の団結」      →存立の基本で共同するか? 彼らには、現代的課題とも?否?    ・そのくせ、相互の競争は前提      →※当事者としての青年E 「競争」が重要な呪縛? 理念的禁忌         Pにまでこの競争のイメージを拡張した。 水準の必然性を固定    ・変化を他者に依存 社会による強制      知性がないわけじゃない。 ?太郎さん?      存在としては、知性にしたがわない。       →debateにおけるテクニック、いってみれば「へりくつ」        異論を排除    ※→→Classの意志 個別の意志       KdanRenの意思は、Classの意思と完全に同一?(社会の意思とKdanRen)    ※共産主義者ならいるが、「資本主義者」などいない。  ▼PrT    ・存在を対象化することができる 自己の対象化    ・存在としての共同    ・競争からの独立    ・変化を担うことができる       →discussion        異論を希求

T021 遺言の執行

初版の序文(一八八四年)  以下の諸章は、{{{ ある程度まで }}}{ 遺言の執行 }をなすものである。ほかでもないカール・マルクスその人こそ、彼の--- ある限度内ではわれわれのといってもよい ---唯物論的な歴史研究の成果と関連させて、モーガンの研究の結果を叙述し、これによってはじめてその全意義を明らかにしよう、と予定していたのである。マルクスが四十年まえに発見した唯物史観を、モーガンはアメリカで彼なりに新たに発見したのであり、それによって、未開と文明とを比較するさいに主要な点でマルクスと同一の結論に到達した。そして『資本論』は、ドイツのギルド的な経済学者たちによって、多年にわたり熱心に剽窃されたり頑固に黙殺されたりしたが、モーガンの『古代社会』も、イギリスの「先史」学の代弁者たちから、それとまったく同じ扱いをうけてきた。私の仕事は、私の亡き友人がもはや果たせなくなってしまったことにたいする、一つのささやかな埋め合わせを提供できるにすぎない。だが、私が持ち合わせている彼の詳細なモーガンからの抜粋のなかには、批判的な注釈があるので、私はそれをここにできるだけ再録することにする。 --「起源」 初版の序文 1884 Die nachfolgenden Kapitel bilden {{{ gewissermaßen }}} { die Vollführung eines Vermächtnisses }. Es war kein Geringerer als Karl Marx, der sich vorbehalten hatte, die Resultate der Morganschen Forschungen im Zusammenhang mit den Ergebnissen seiner - ich darf innerhalb gewisser Grenzen sagen unsrer - materialistischen Geschichtsuntersuchung darzustellen und dadurch erst ihre ganze Bedeutung klarzumachen. Hatte doch Morgan die von Marx vor vierzig Jahren entdeckte materialistische...