◆◆消費税というテーマは、 みんなが「我慢するかどうか」という問題ではない。 ということが、以前にましてよく見えてきたのはこの数日のことだ。 △ 「善意の我慢」をよいことにして、 自己の責務からのさらなる逃避を 声高に目指してきたものがある。 △ 「善意の我慢」は、当事者の我慢にとどまらない。 我慢の限界をとうに越えた人たちに、さらなる「善意の我慢」をおしつける。 問題は次のごとし。 ◆ 生きていくことが出来ないという、あきらかな大量の劇的な被害。 「自己責任」によって、大量につくられた200万円未満。 すでに、一月のうち数日の食費分を担税している。 あらたな5%はさらに数日分の糧(かて)をまきあげる。 まきあげられた糧の行き先は・・ ◆ この税の構造は、社会の経済基盤を破壊する。 陽光ふりそそぎ紺碧のエーゲ海を前にみる歴史ある国。 その破綻の教訓は、この点にこそいかされなければならぬ。 法人税を減じ、消費税を増やして破綻へと至った現代ギリシャ。 この国が、この教訓を世界に示すことによって、 ルネサンス(人間復興)を導いた古代ギリシャの役割を 再現するチャンスを得た というのは皮肉にすぎるだろうか? ☆ 『鼻のほどおごめきて』、 ものしり顔で喧伝される「善意」と「理性」。 「善意」と「理性」が二重に踏みにじられ、コケにされる。 兼好法師は、 その人の虚言にはあらず。と助け船を少々。 しかし、 問題は徒然草の世界をこえた現実の課題。 「ここが我慢のしどころ」どころでもない。 くりかえそう。 ☆★ 鼻のほどおごめきて、したり顔で持ち出された エーゲ海の悲劇の教訓は、 そのまま、 新旧喧伝者とその亜流の物知り顔に向かってきびすを返す。 →T046 なにものにもとらわれない新しい日本人の誕生の間際 *横道 きびすをかえす。 ひきかえす。あともどり。Uターン。 進行方向を180度変更する。反転。 この「反転」は意思を感じさせる。反転して向き合うという意思。 ただの方向転換ではない。 反撃? "悲劇の教訓"そのものが意思をもつはずもないが...
小半世紀のときをこえてよみがえる~ - qmancha 万茶 気泡 - じゆうのくにへ