F.Engels ところで、原子はけっして単一なものとは考えられていないし、 あるいは総じてすでに知られている最小の物質粒子ともされていない。 原子を複合的なものと見る見解にますます傾きつつある化学そのものは度外視するとしても、 大多数の物理学者が主張しているところでは 光や熱の放射を媒介する宇宙エーテルも同じように不連続の粒子からなりたっており、 しかもそれらの粒子はまことに小さいものであって、 それらの 粒子の 化学上の原子や物理学上の分子にたいする関係 は、 原子や分子の 力学上の物体にたいする関係 にひとしいということである。 すなわち、 d 2 xの dxにたいする関係 に等しいということになる。 だから、ここでもまたわれわれは、 物質の構造にかんして今日普通におこなわれている観念のうちに、 やはり 第二階の微分量 をもっているわけである。 そして、 自然にはさらにd 3 x,d 4 x等々にたいする相似物も存在しているはずだと考えたい人があれば、そう考えてわるい理由はまったくないのである。 だから、物質の構造についてどういう見解をとるにしても次のことだけは確かである。 それは、物質は、 その質量の相対的な大きさにおうじてはっきり 分界されたもろもろの大きな 群 からなる一(いち)系列 に編成されており 、 したがって、 それぞれの 群 の構成諸要素は、 その質量においてたがいにきまった有限な比をたもっているが、 次の群の構成諸要素にたいしては数学的意味での無限大あるいは無限小の関係にある 、ということである。 見えるかぎりでの恒星系、太陽系、地球上の物体、分子と原子、最後にエーテル粒子、これらのそれぞれはこのような群の一つをなしている。 個々の群と群のあいだに中間項があることは、事態をすこしも変えるものではない。 たとえば、 →T044 抽象を極端なところまで押しすすめるなら Engels 「現実の世界における数学上の無限の原像について」 の末尾の直前 1877? 1885? 諸説 →L021 人類は自然のチャンピオン と 観念論
小半世紀のときをこえてよみがえる~ - qmancha 万茶 気泡 - じゆうのくにへ