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E059 名は体を表すか

●「名は体を表す」。  「名と実体の間に違いがない」場合が確かにある。  ところが、 これに対立する句がある。  ▽「同名異人」    ロシアの国名    ドイツ    自民党  ▼「羊頭狗肉」  「同名異人」はさておき「羊頭狗肉」のほうは、「名は体を表す」と違うどころか、この文句を頭からやっつけてかかっている。  名が表していることが実体と合わない。「名は体を表わさない」ということになる。  (ついでに「同床異夢」なども浮かんでくるが、これは言葉の場面が大分違う。他にも色々浮かび上がりそうだが立ち入るのはまたの機会にしよう。)
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E058 智に働けば角が立つ 1

 「智に働けば角が立つ」  智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。   ちにはたらけばかどがたつ。じょうにさおさせばながされる。いじをとおせばきゅうくつだ。とかくにひとのよはすみにくい。  住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。  人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越(こ)す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。  越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て(くつろげて)、束の間(つかのま)の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。    『草枕』の冒頭 夏目漱石  1906年発表というから、2016-1906=110年。一世紀以上前。  古い話だが、なにやらひとごとじゃない。ただごとでもない・・・。  しょっぱなのしょっぱな、「智に働けば角が立つ」が意味するものは??  そして、それに続く二つのフレーズ??  ・・・『猫』の余波??  漱石は、はたしてなにを感じたのか・・・??     「芸術論」の背後。 突如、らしくもないジャンルに迷い込む・・・  

E057 知恵もいろいろ

◆ 知恵もいろいろ ◆ △「浅知恵」△ 「"当事者"が"第三者"である」というのではさすがに「浅知恵」とさえいえない。  それでも、知恵という字がつくのは、 「当事者がいつも客観性を担保している」かのような幻想を根付かせようとする 「浅知恵」が見え隠れするからかもしれない。 しかし、「そんなことはない」ことを「みんな」が知っている。  選ばれた「指導者」が度外れた"主観性"のサンプルだったのは一世紀も昔ではない。 未曾有の極悪「指導者」は"知恵もの"ではあった。 「ウソも百回言えば・・・」 この「浅知恵」は数年で劇的に破れたが、 それでも、この「浅知恵」に学ぼうという「知恵もの」があらわれたのはつい最近のことだ。  「あそ知恵」とでも呼ぼう。これなら語呂も悪くはない。  「あべ知恵」という"悪ノリ"もあらわれるが、 これでは、幾分かの知恵があることになってしまう・・・ 「そんなことは断じてない」が"丁寧な説明"であるというわけだが、 聞き覚えの理屈建て・知識やトークの手法は「知恵」とは別物である。 「知恵をつけられた」というのが適切かもしれない。 △ところで、 兼行法師は、 「智」について書き残している。 『徒然草』は14世紀後半か。  第三十八段    「伝へて聞き、学(まね)びて知るは、まことの智にあらず。」 - - -  智恵と心とこそ、世にすぐれたる誉(ほまれ)も残さまほしきを、 つらつら思へば、誉(ほまれ)を愛するは、人の聞きをよろこぶなり。 誉(ほ)むる人、毀(そし)る人、共に世に留(とど)まらず。 伝へ(つたえ)聞かん人、またまたすみやかに去るべし。 誰をか恥ぢ、誰にか知られん事を願はん。 誉(ほまれ)はまた毀り(そしり)の本(もと)なり。 身の後の名、残りてさらに益なし。これを願ふも次に愚かなり。 但(ただ)し、強ひて(しいて)智を求め、賢を願ふ人のために言はば、 智恵出でては偽り(いつわり)あり。 才能は煩悩の増長せるなり。 伝へて(つたえて)聞き、学(まね)びて知るは、まことの智にあらず。 いかなるかを智とい...

E056 "決まり文句"が新鮮によみがえる

◆ ひところの政治的"決まり文句"が新鮮によみがえる。  △"首相は第三者" については、きわめつけ。    さすがに反響がある。     "見識を疑う"、     "悪い冗談"。          (11月23日付のローカル紙)    紋切り型のいいならわされた言葉が新鮮に聞こえる。    「新鮮」さは、久しく「時代」に"追従"してきたメディアだからこそ・・・。    メディアの振る舞いは、「追従」の含意に尽くされるが、    当の「発明」者のありかたは、「追従」ではいかにも不足・・    "お追従"がふさわしい。     "政治屋"のお「追従」。 --「ついしょう」と読ませる。    当事者の心根が劇的にあらわれる。さすがは「ミッチー」の系譜・・     「期待」の片鱗もけむりと化した。  △"まだ早い-時を待て" は、ほんのちょっと手が込んでいる。     "茶番劇"    選挙互助会の古株は心得顔の戦術指南を演じてみせる。    若輩のTopは     「"他人(ひと)事"のようにはいえない」と"他人事"をのたまう。     忠犬「ハシ公」の面目は躍如。  △見え透いた"茶番劇"を実況報"導"する側は、おおまじめな顔である。     この顔は、真意か、演技か・・     どのみち、見るものの"伏し目"を誘う。  △主役には、みえすいた拙(つたな)い助け船でさえ不可欠。    さきごろから続く「二番煎じの羅列」は、    得意顔とはうらはらに、    広く国際社会の危惧と侮(あなど)りをさえ誘う。 ◇ありさまは、総じて、"カリカチュア"、"戯画"の絶好のターゲットである。  絵心はない。新味はないが、決まり文句を言おう。  "津々浦々の、心ある「自由民主」党員は初心に帰れ。"  "進むは地獄、退くは栄誉。"

E055 「アホノミクス」と「揶揄される次元」の、「世界史を画する経済的弓矢」。尋常の対案は・・・

念入りにつくりあげた「二大政党」幻想が雲散霧消、 即席の、つたない「えせ極右」サポーターも、"風前の灯"。 ◆ さきごろ現れた、 やけくそに近い、苦し紛れの「自滅の弓矢」。 "軽い"メディアは、"無邪気げ"にもてはやすが、 "重い"エコノミストからは、「アホノミクス」と揶揄(やゆ)される。 「政経」科目を学ぶ高校生も首をかしげる、「 思いつき 」の「経済政策」。 ・・・「世界史を画する革命的マクロ経済政策」・・・ 見ようによれば、"言い得て妙" ・・・ 政治経済的知性の水準は「次元が違う」。   国際社会は、  あまりのことに言葉を失って、"あたらずさわらず"お茶をにごす・・  ・・・そういえば、"イギリス紳士風スナイパー"の"飛び道具"は石器の鏃(やじり-ふりがなが親切)か・・・ ▽ 政権が早晩自己破綻するのは随意だが、 もろともに社会が大破綻に直面する 。 この大破綻を阻むことが、 我が民族にきざまれようとする 「世界史的」汚名 を避ける道だろう。 ◆ そのための道は?  「マインドの転換」 。。。    ~~~"竜頭蛇尾"というわけでもない・・・ ▽ A は、だれでも 思いつく 次元だが、 B には、着実に思いを巡らせば届く。 A 「景気回復は、株高によって。」     ↓ B 「株高は、景気回復によって。」 A 「賃上げは、景気回復によって。」     ↓ B 「景気回復は、賃上げによって。」 A 「安定雇用は、景気回復によって。」     ↓ B 「景気回復は、安定雇用によって。」 ▽ 「 思いつき 」は澱(おり)のようにたまって、 ついには、カリスマ的支配者として自己のうちにわだかまる。  いまだ一部には醒めやらぬ マインドコントロール を  思い起こそう。    古くは、 「富国強兵」。    少し古くは、 「オウム」。    ついこの間まで、 むきだしの「原発安全神話」。      このさい挙げる ・・・    20世紀の 「トリクルダウン理論」...

E054 類的意識は人類の外化--疎外

-------------  類的意識は人類の外化--疎外 -------------   極、ごく、抽象的に言えば、 「類的意識」とは「外化した人類」である。 意識という「機能」が独自にふるまう。   しかし、この外化は人類に依存しているし、 一体化へと向かう。 新しい形で「融合」する。  この融合の主導者は、外化されたはずの意識の側である。   と、あえて言おう。 このとき、人類が新しい段階にはいる。 こうして、 「人類に対峙する対象」が画然として姿を見せる。  「人類以外の自然」が。   および、  「あるがままの人類」が。 ※ 「あるがままの人類」には説明が要る。   ・自然としての人類   ・自己の主人としての人類  まぁ、「対象とする事のできる対象」としての人類・・・ ※ 類的意識と個性の敵対は、  疎外された意識(外化した意識)という意識のありかたの  基礎の上に 生じる。 「一体化した」人類では、  「類的意識」と「個性」は敵対しないで、「対立」する。 ※ 「自己」と「自己以外」があるがままに並立する。 「意識という機能を持つ人類」は、  たいした中間項をおくことなく対象に向かうことができる。  自己をただただ自己として対象とすることができるようになる。  そのような自己と画されるものとして、  自己以外に対することができるようになる。  たとえば、  e=mc2。   「人類という自然」と、「核の力」の力関係の現状について、   なんら自己の事情にとらわれることなく、   この自然現象にむかうことができる。    「安全神話」の生じる余地はない。     ※    しかし、    この程度の見識は、     「人類の一体化」を、またなくても 普通には可能だが、     「一体化」に向かう途上の営為といえるかもしれない。    特殊な(普通でない)勢力は、「自己の事情」のために、    右往左往しているようにみえるが、既定の演出ででもあるのか?    「市長」の勇ましいこしくだけ。 我知らず目を伏せる。

E053 公共報道 とぼしい想像力は報「導」の源泉

--------------------- 「ビールのかさを多少減らす」ことと 「数日の食費分を減らす」ことの 区別に、 思いがいたらないという 貧弱な想像力は いったいどこから出て・・・ ・・・どこに向かう? 思い当たることが、あるにはある・・・ ※ところで、 けんしき‐ば・る【見識張る】とは 『見識があるように見せかける』(広辞苑) --------------------- 「自分も負担するのだから、 生活や生命にかかわる人も負担せよ」 と強いる人士は問題外だが、 「見識と想像力」を、 粗末にはしないひとも少なくはない。 月収数万円のひとにまで、 これまで以上の負担を強いること を、よしとしないで、 「そのような人に負担を強いることなく、 自らが負担する」 ための方策があるのではないかと模索する、 豊かではないが、幾分かのゆとりあるひともいる。 他方には、 隠そうともしないで、 「これまでのため込みでは不足だから、 もっと税負担を減らせ」 という、 また、これまでもそうしてきた、 十分なゆとりを持つむきもある。 ※じく‐じ【忸怩】の本意とは 『恥じ入るさま』 (広辞苑) また、 「角(つの)を矯(た)めて牛を・・・」 「'97年の、輪をかけた二の舞ではないか」、 と社会と経済と税の将来を憂う「憂国の士」も。 有能なビジネスマンなら、たいていはそう思う・・・ これらの多様な見識の現状を、 「上向き加減のあご、強調された鼻の穴」をもって 付け加えるべき責務を持たされたものがある。 ※-------------------- 「与党には消費税増税の根拠を説明する責務がある。」 以下を付け加えないなら、この「報道」は、 『見識張った報「導」』の典型的なサンプルである。 「野党には消費税増税の不当を指摘して与党を追い詰める責務がある。」 -------------------------※ ※ 複数税率を持つ付加価値税制(消費税制)の下では、 「最高税率の引き上げによる消費税増税」(≒奢侈課税)は、 「累進性補強」につながると言えなくもない。 (日本のような十把一絡げの税制では、 増税は逆進性の亢進、...